希望を胸に入った会社。でも楽しい大学生活とは違って、毎日上司に怒られてばかり。
最近では上司を遠くに見つけただけで心臓がドキドキして、胃が痛くなる。会社に来るのも毎日苦痛。
このまま放っておくと彼女はうつ病になりかねません。
よくある話ですが、彼女にはいったい何が起きているのでしょうか?
あなたも経営者として社員をうつ病にしないためにも、うつ病を発症するメカニズムを十分に理解しておきましょう。
ストレスは脳の機能を変えてしまう
昔学校で習った「パブロフの犬」という現象を覚えていますか?
犬にベルを鳴らした後に食事を与えることを繰り返すと、次第にベルの音を聞いただけでよだれを垂らすようになるというものです。
条件反射というやつですね。
これに似た現象で、「恐怖条件付け」というのがあります。
マウスにある音を聞かせてすぐに電気ショックを与えるということを繰り返すと、その音を聞いただけで電気ショックを受けたような反応を示すようになります。
このとき脳の中では神経回路の組み換えが起こり、音を聞いただけでストレスを感じるようになってしまっているのです。
上司を見てストレスを感じるようになった女子社員は、同じような脳の変化が起こっているのです。
彼女が嫌なことを繰り返し思い出すことによって、ストレス状態が慢性化して、脳の神経回路が組み替えられ、最後には脳の構造まで変わって、ストレス障害を引き起こします。
この状態が高じると、うつ病を発症してしまいます。
ストレス感受性に深くかかわっている脳の海馬と呼ばれる部位は、長期間ストレスホルモン(コルチゾール)にさらされると、委縮してしまいます。ストレスによって脳の大きさまで変わるのです。
セロトニンが減ることがうつ病になることを加速している
もう少し詳しくうつ病の発症過程を見てみましょう。
脳がストレスを感じると、そのシグナルが副腎という臓器を刺激して、そこからストレスホルモンが放出されます。
ストレスホルモンが出ている状態が続くと、脳で産生される神経細胞増殖因子の放出が減少します。
その結果、神経細胞の委縮や減少が起こり、脳の情報伝達に障害が起こります。
これが繰り返されることにより、障害が定着してうつ病になります。
うつ病の患者の脳では、セロトニンが減少していることが知られています。
セロトニンが減るとストレス感受性が亢進して、脳から放出される神経細胞増殖因子の産生がさらに減ります。
このことから予想されるように、セロトニンの減少は、うつ病になった結果起こっているのではなく、うつ病の原因になっているのです。
そのため、現在一番使われているうつ病の薬は、セロトニンの細胞内への取り込みを減らすことによって、脳内のセロトニンの量を減らさないようにする薬です(SSRI:選択的セロトニン再吸収阻害剤)。
この薬はセロトニンの量を増やす働きはないので、一時的な抗うつ効果はあるものの、これだけでうつ病を完治させることはできません。
愛情深く育てることはうつ病の予防にもなっている?
ラットの子供は、母親からよくなめられたりしてかわいがって育てられると、ストレスに強くなります。
優しく育てられると、子ラットの脳ではセロトニンの産生が増えます。
このセロトニンが、脳の中にあるストレス反応を弱める働きのある分子(糖質コルチコイドレセプター)の量を増やします。
こうして優しく育てられた子供は、ストレスに強くなります。このような反応は、人間でも起こっているらしいことが、最近分かり始めています。
子供の時の育てられ方が、大人になった時のストレスへの反応性を変える可能性があるのです。
優しく育てられたラットは、セロトニンが脳で増えることによって、ストレスへの抵抗性を身に付けます。
またストレス障害に関連した遺伝子は、セロトニンの反応性に関連したものであることが分かっています。
このようなことから、ストレスによって起こる脳の変化を予防するには、セロトニンが強い味方になりそうです。
ではセロトニンはどうすれば増やすことができるのでしょうか?
次回から2回にわたって、セロトニンを増やすことをポイントに、うつ病の予防法についてお話しします。